234  唯一の主イエス・キリスト


 わたしたちには唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神に帰って行くのです。また、唯一の主イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。

(コリント第一  8・6)


 日本人は多くの神々や多くの仏たちを拝んできました。日本人は宗教心のあつい民です。生の様々な局面で自然を超える威力や働きを実感し、それぞれに神とか仏の名を奉って、神社や寺院を建てて宗教的な礼拝を捧げてきました。神々や諸仏は限りなく多くあります。そういう民に向かって福音は「唯一の神、唯一の主イエス・キリスト」を宣べ伝えます。

 福音は神は唯一であることを告げ知らせます。この世界を存在させ、わたしたち人間を生かし、生きるに必要なものをすべて与えている働きは、ばらばらの働きではなく唯一の創造者、天地の万物を存在させて、わたしたち人間を生かしている働きそのもの、多くの民が多くの神々の働きとして崇めてきた働きの総体であり、その統合です。唯一の神の働きです。わたしたちはその根源的な働きを、イエスに従い父と呼んで、生を委ねています。

 わたしたちの存在と命の根源である父なる神は、人の手で造った神殿や寺院に住んで、供え物で仕えられる方ではありません。父である神は、ただわたしたちがその語りかけの声に聴き従うことだけを願っておられます。神はその子である人間に様々な形で語りかけ、とくに選ばれた民イスラエルには預言者を通して語られましたが、この終わりの時には「御子によって語られた」のです(ヘブライ書1・1~2)。「御子」とはイエス・キリストを指します。この方は、神から世界に遣わされた方、イエスとして歴史の中に現れ、死者の中からの復活によってキリストとされた方です。

 このキリストであるイエスが世界の主、歴史の主、わたしの主です。主《キュリオス》とは主人という意味の語で、当時の人々は地上を含む諸々の霊界に支配的な力をもつ存在を信じ、それを主《キュリオス》と呼んでいました。ローマの皇帝もそのような《キュリオス》でした。その中でイエス・キリストを信じる民は、このイエス・キリストを主《キュリオス》と呼んで、この方の出来事の中に神の語りかけを聞き、この方によって与えられている神の無条件の恩恵に身を委ね、この方に従うのです。「あなたの口でイエスは主《キュリオス》であると言い表し、あなたの心で神がイエスを死者の中から復活させたと信じるなら、救われるのです」(ローマ10・9)。キリストとしてのイエスをただ一人の《キュリオス》と信じ言い表す者には、神の霊の力が働き「救われる」のです。

 この救いには、神に背かせる力としての罪からの解放(父よと呼ぶ信)、神の霊による内なる霊の変容(愛への変容)、終わりの日の復活への希望(復活の希望)という三つの相があることは、これまでに繰り返し語ってきました。このイエス・キリストの出来事を告知するのが福音であり、この福音を信じる者は「救われる」のです。

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