240  文字は殺し、霊は生かす


 神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は殺しますが、霊は生かします。

 (コリント第二 3章6節)


 パウロはキリストの血によって立てられる神と人の関係を「新しい契約」と呼んでいますが(コリントⅠ 11・25)、ここでキリストの福音を宣べ伝え、人をその新しい契約、神との新しい関わりに導き入れる働きを、「文字ではなく霊に仕える」働きとしています。この新しい契約に対する古い契約とは、「石に刻まれた文字」、すなわちモーセの十戒に基づくユダヤ教による神と人の関係です。またパウロはユダヤ教徒を「律法の文字を所有し、文字による割礼を受けた者」としています(ローマ 2・27、29)。「文字による割礼」とは、ユダヤ教への帰属を示すために、ユダヤ教の規定により男性の身体に執り行われる儀礼を指します。このような用例から、パウロは「文字」という語を「律法」を代表し、ユダヤ教という宗教を象徴する語として用いていることがわかります。

 古い契約、すなわち「律法の文字」による神と人の関わりに立つユダヤ教は、文字で示されたユダヤ教の諸規定に従うことを求めます。そしてユダヤ教はその規定に違反する者、その規定を満たさない者を裁き、死に定めます。実際モーセは十戒に違反した者を殺すように命じました(出エジプト記32章)。文字は殺します。律法(宗教)は正しくて聖なるものです。しかし人は本性(肉)に内在する罪のゆえに、神に背き死に死に定められています。律法(宗教)は人の罪(神への背き)を暴き、背く者を死に定めます。

 人を生かすのは霊です。パウロがこう言うときの霊は御霊、神の霊のことです。原文では定冠詞つきの霊(英語では the Spirit)です。神は、わたしたちの罪のために十字架上に死なれたイエスを復活させてキリストとし、この十字架された復活者キリストを信じる者、このキリストによって神と和解した者に聖霊を与えて、御自身の子とされました。この聖霊によって人は神との命の交わりに入り、神と人の関わり方は新しい段階に入りました。これが新しい契約、御霊による契約であり、神はパウロをはじめキリストの使徒たちをこの新しい御霊の契約に仕える者とされました。この御霊によって与えられる神との交わりこそが、神から与えられる命、永遠の命なのです。御霊が人を生かします。

 このように理解すると、この「文字は殺し、霊は生かす」というパウロの言葉は、パウロがその福音の基本としている「人が神に受け入れられて命に至るのは、律法規定の順守によるではなく、キリスト信仰によるのである」という主張の標語的な表現であることがわかります。そうするとわたしたちもパウロのこの標題の言葉を、キリスト教も含めてすべての宗教は相対的であり、聖霊を世にもたらすキリストの福音だけが人に永遠の命を与える絶対的真理であるとする「宗教相対主義」のスローガンとすることができるでしょう。

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